2018環太平洋コンサートのシリーズ


日本音楽学院 Japanese Music Institute of America (JMI)
カルフォルニア州、バークレー市

2018年6月,貴都市でお世話になります!

5月31日 3時 福岡県みやま市 芸文館
6月2日 2時 因島市 因島図書館(決定)
6月3日 2時 神戸市 サラ.シヤンテイ(決定)
6月5日  3時 東京都 浅草劇場リハーサルルーム
6月7日 19時 新潟市 文化会館ホール(決定)
6月9日  2時 小樽市 能楽堂(決定)
6月10?11日 北海道 未定


12月21日現在
演奏スケジュール(暫定)


  前半
JMI (日本音楽学院)尺八パフォマーンスグループ

1. ?a.森の夜明け?古賀将之作 2014
 
夜明け前,まだ森の中は薄暗い.でももうそばまで来ている新しい一日の始まりの足音を感じます!あなたもエネルギーが暗闇を抜けて膚で感じられます。
?b。朝つゆ (二重奏)

日が射し始めると,そこここの葉っぱに朝露が乗り,いまにも滑り落ちようとしているのか,そこにとどまってその一瞬を楽しんでいる.ようだ。まるい透明のみずたまたち.しずかにそこで遊んでいるようだ.


?c。陽のかがやき (二重奏)
陽が昇って、昨日とは違う,何かが内から楽しく親しく,はじけるような、
さあ?、今日と云う良い日を歩き始めよう!


2.アメイジング・グレイス
変曲/古賀将之 2017

アメイジング・グレイス(英語:Amazing Grace、和訳例:すばらしき恩寵)は、イギリスの牧師ジョン・ニュートン (John Newton,1725?1807)の作詞による賛美歌である。特にアメリカ合衆国で最も慕われ愛唱されている曲の一つであり[1]、またバグパイプでも演奏される。"grace"とは「神の恵み」「恩寵」の意。

作詞者はジョン・ニュートン (John Newton,1725?1807)。作曲者は不詳。アイルランドかスコットランドの民謡を掛け合わせて作られたとしたり、19世紀に南部アメリカで作られたとするなど、諸説がある。
ジョン・ニュートンは1725年、イギリスに生まれた。母親は幼いニュートンに聖書を読んで聞かせるなど敬虔なクリスチャンだったが、ニュートンが7歳の時に亡くなった。成長したニュートンは、商船の指揮官であった父に付いて船乗りとなったが、さまざまな船を渡り歩くうちに黒人奴隷を輸送するいわゆる「奴隷貿易」に携わり富を得るようになった。
当時奴隷として拉致された黒人への扱いは家畜以下であり、輸送に用いられる船内の衛生環境は劣悪であった。このため多くの者が輸送先に到着する前に感染症や脱水症状、栄養失調などの原因で死亡したといわれる。
ニュートンもまたこのような扱いを拉致してきた黒人に対して当然のように行っていたが、1748年5月10日、彼が22歳の時に転機は訪れた。イングランドへ蜜?を輸送中、船が嵐に遭い浸水、転覆の危険に陥ったのである。今にも海に呑まれそうな船の中で、彼は必死に神に祈った。敬虔なクリスチャンの母を持ちながら、彼が心の底から神に祈ったのはこの時が初めてだったという。すると流出していた貨物が船倉の穴を塞いで浸水が弱まり、船は運よく難を逃れたのである。ニュートンはこの日を精神的転機とし、それ以降、酒や賭け事、不謹慎な行いを控え、聖書や宗教的書物を読むようになった。また、彼は奴隷に対しそれまでになかった同情を感じるようにもなったが、その後の6年間も依然として奴隷貿易に従事し続けた。のちに、真の改悛を迎えるにはさらに多くの時間と出来事が必要だったと彼は語っている。
1755年、ニュートンは病気を理由に船を降り、勉学と多額の献金を重ねて牧師となった。そして1772年、「アメイジング・グレイス」が作詞された。歌詞中では、黒人奴隷貿易に関わったことに対する悔恨と、それにも拘らず赦しを与えた神の愛に対する感謝が歌われている。


3.? ? ? 赤とんぼ
変曲/古賀将之 2017

赤とんぼ」(赤蜻蛉、あかとんぼ)は、三木露風の作詞、山田耕筰の作曲による、日本の代表的な童謡の一つである。夕暮れ時に赤とんぼを見て、昔を懐かしく思い出すという、郷愁にあふれた歌詞である。2007年(平成19年)に日本の歌百選の1曲に選ばれた。

歌詞
夕焼、小焼の、
あかとんぼ、
負われて見たのは、
いつの日か。
山の畑の、
桑の実を、
小籠(こかご)に、つんだは、
まぼろしか。
十五で、姐(ねえ)やは、
嫁にゆき、
お里の、たよりも、
たえはてた。
夕やけ、小やけの、
赤とんぼ。
とまっているよ、
竿の先

「姐や」は自分の姉ではなく、この家で子守奉公していた女中のことである。「お里のたより」は、女中の故郷からこの家に送られてくる便り、または、故郷に帰った女中からの便りと解釈されるが、女中を介して実母から届く便りなどといった説もある[2]。


4.? ? ? 新高砂
作曲:寺島花野
尺八二重奏編曲/古賀将之 1994

オリジナルは箏と唄の曲ですが,今回は尺八の二重奏として編曲、演奏いたします。
?唄は謡曲高砂の一部をそのまま歌っ たものでです。 〔歌 詞〕. 前弾 (1)高砂や、この(2)浦船に帆をあげて、月諸共に(3)出汐( いでしほ)の (合) 浪の淡路の島かげや。 手事 遠く(4)なるをの沖すぎて、はや(5) 住の江につきにけり (合) はや住の江につきにけり。 (1)播磨国の名所。 (2)浦に浮んだ 船。


5.? ? ? 六段
八橋検校(1614年 - 1685年) 17世紀

八橋検校(1614年 - 1685年)は、筑紫流箏曲を基に近世の箏曲の基礎を作り上げた。箏の楽器そのもの、および奏法の改良を行った。雅楽の調弦法に半音を導入した陰音階による調弦法を使用した八橋以降の箏曲は俗箏と呼ばれている。段ものは箏独奏の器楽曲である。

六段の調(ろくだんのしらべ、六段調、六段)は段物と呼ばれる箏曲のひとつ。近世箏曲の祖である八橋検校により作曲されたと伝えられている。箏の調弦は平調子。(後に雲井調子の替え手も出来た。)各段が52拍子(104拍・初段のみ54拍子)で六段の構成されており、後世合奏用にいくつもの箏の替手が作られて合奏されています。、また三絃にも移され、さらにその替手が作られ、加えて胡弓や尺八各派でも手付けがなされており、三曲合奏や箏の替手とあわせ二重奏など、いろいろな合奏編成で演奏されることもあります。

今回は、箏のメロディを尺八の曲として,1段,そして4、5、6段を演奏いたします.

6.? ? ? 漁村
広門伶風作 作曲年代不詳

190万人が被災、10万5千人余が死亡あるいは行方不明になったとされる(犠牲者のほとんどは東京府と神奈川県が占めている)。建物被害においては全壊が10万9千余棟、全焼が21万2000余棟である。東京の火災被害が中心に報じられているが、被害の中心は震源断層のある神奈川県内で、振動による建物の倒壊のほか、液状化による地盤沈下、崖崩れ、沿岸部では津波による被害が発生した。
、何万人もの人が亡くなり、多くの(40万の)家屋も炎上消失しました。すぐさま多くの外国から支援、救助が日本を助けに来ました.そのうちの一国がアメリカでした.尺八演奏家の吉田晴風はそのお礼に日本国を代表して,公式に尺八の演奏会をアメリカの諸都市で開催しました. その吉田先生のお弟子に,広門伶風と云う尺八家かおられ,その人の作曲されたのが,この“漁村”です。


7. 桜 
編曲/古賀将之 1995

日本古謡と表記される場合が多いが、実際は幕末、江戸で子供用の箏の手ほどき曲として作られたもの(作者不明)。三重奏で演奏。

雑記:
もともと「咲いた桜」という歌詞がついていた。その優美なメロディから明治以降、歌として一般に広まり、現在の歌詞が付けられたものである。13小節目以降の違いで3通りのメロディがある。
1888年(明治21)に発行された東京音楽学校の「箏曲集」に記載がある。
日本の代表的な歌として国際的な場面で歌われることも多い。

日本を象徴する花
桜では開花のみならず、散って行く儚さや潔さも、愛玩の対象となっている。古くから桜は、諸行無常といった感覚にたとえられており、ぱっと咲き、さっと散る姿ははかない人生を投影する対象である[19]。
江戸時代の国学者、本居宣長は「敷島の大和心を人問は朝日に匂ふ山桜花」と詠み、桜が「もののあはれ」などを基調とする日本人の精神の具体的な例えとみなした。
平安時代や明治以降では花のように散る人などのたとえにされてきた。ただし、江戸時代はそのようにすぐに花が散ってしまう様は、家が長続きしないという想像を抱かせたため、桜を家紋とした武家は少なく、桜は未だに時代に根付いてなかったとされる。桜は日本精神の象徴のようなものとしての例えとして用いられているが、この喩えが使われた時期は大正後期からである。日本軍においても桜は好まれ、「歩兵の本領」や「同期の桜」などといった歌詞に「桜」「散る」という表現を反映した軍歌・戦時歌謡も多数作られ、太平洋戦争(大東亜戦争)末期には特攻兵器の名称にも使われている(桜花や桜弾機など)。いずれにせよ、桜は日本精神に根ざしており影響力を持っているため、国花の代表例とされることがある(正式には日本の国花は存在しない。ただし国花の代表例として桜と菊が使われることがある)。
人気[編集]
桜は春を象徴する花として日本人にはなじみが深く、春本番を告げる役割を果たす。桜の開花予報、開花速報はメディアを賑わすなど、話題・関心の対象としては他の植物を圧倒する。入学式を演出する春の花として多くの学校に植えられている。
各種調査によると日本人の大多数の人たちが桜を好んでいる[20][21][22]。九州から関東での平地では、桜が咲く時期は年度の変わり目に近く、桜の人気は様々な生活の変化の時期である事とも関係する。
桜の人気は平安時代に始まるが、宮中の桜に魅了された藤原定家は、夜間に宮中に忍びこんで庭の桜を持ち帰り、翌朝発覚し天皇から咎めを受けた。また、沙石集によると、一条天皇の中宮、彰子が奈良の興福寺の東円堂にあった八重桜の評判を聞き、皇居の庭に植え替えようと桜を荷車で運び出そうとしたところ、興福寺の僧が「命にかけても運ばせぬ」と行く手をさえぎった。彰子は、僧たちの桜を愛でる心に感じ入って断念し、毎年春に「花の守」を遣わし、宿直をして桜を守るよう命じたという。


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後半

古賀雅之+小倉蘭香

1.鹿の遠音
作曲者不詳、18世紀中頃
尺八?古賀雅之 踊りー小倉蘭香

尺八(しゃくはち)の琴古流古典(きんこりゅうこてん)本曲で,宗教性(しゅうきょうせい)・精神性(せいしんせい)をたいせつにしている本曲の中では最(もっと)も親しまれている。 古典(こてん)本曲とは,江戸(えど)時代の普化宗(ふけしゅう)からつたわる曲で,江戸(えど)時代は、建前としては普化僧(ふけそう)(虚無僧(こむそう))しか演奏(えんそう)できなかった。演奏(えんそう)は,本来は1本の尺八(しゃくはち)で演奏(えんそう)するのが普通だったようですが,ときには2本の尺八(しゃくはち)のかけあいでも演奏(えんそう)され,山奥(やまおく)でお鹿(じか)とめ鹿(じか)が鳴きかわす声を表現(ひょうげん)している、と云われています。

また、仏教的なまた宇宙的な陰と陽のかかわり合いを表現したもの、という人たちもいます. 今回は尺八独奏曲として演奏いたします。

2. 古賀将之 ソロ
3. 古賀将之 ソロ


日本音楽学院
Japanese Music Institute of America (JMI)

アメリカのカルフォルニア州、バークレー市で1981年に立ち上げられたNPOの日本の古典音楽の学校です。教授陣は音楽一筋のプロ達です。


A. 来日するJMIの教授陣
   古賀将之
   小倉蘭香

B. JMI パフォマーンスグループ
JMI の上級者メンバーと教授陣が、同時に 演奏するグループです。尺八グループは、メンバーが、ユニソンで吹くユニークなグループです。



日本音楽学院 (JMI)から在日する上級者尺八パフォマー達)
左からゾデテク アンナ, カーン ブライアン, ベレンド ジム, シモンス ジョルダン, グドニツク スツアート, 浜野チム, クルーズ リツク(ヤング ピーターと モリス武は不在)



日本音楽学院 (JMI)から在日する上級者尺八パフォマー達)
左からゾデテク アンナ, カーン ブライアン, ベレンド ジム, シモンス ジョルダン, グドニツク スツアート, 浜野チム, クルーズ リツク(ヤング ピーターと モリス武は不在)



C. 連絡先:

https://www.masayukikoga.com/
Facebook: 日本音楽学院 (又は、Masayuki Koga) のページ

住所:Japanese Music Institute of America (JMI)
2580 Marine Ave., Berkeley, CA, 94708 USA


Masayuki Koga 古賀将之
尺八演奏家(略歴)



九州、福岡県に生まれる。

1967年/明治大学・法学部修士課程卒業。
その年,日本音楽集団に入団。

1969年、同グループの定期演奏会に対し文部省.芸術祭大賞を受賞。 ??

1973年渡米、それ以来、米国、カナダ、での演奏活動に入る。 1981年に日本音楽学院.アメリカ(NPO)を設立。

1988年にドイツ主催.世界音楽祭に日本音楽代表として20都市を演奏旅行。

1989年より教授と演奏活動:スタンフォード大学、ニュヨーク大学、ハワイ大学、バークレイ大学等の講座にて講義.演奏。

2001年にはカリフォルニア州政府より音楽教育活動にたいして表彰を受ける。

2007年/“喜多郎“とのコラボ/CD;空海の旅_III.はグラミー賞にノミネートされる。

2008年及び2010年/キューバ主催の世界芸術祭に日本音楽代表として招待される。

2017年6月/九州、神戸、新潟、北海道の各地で尺八独奏による日本縦断コンサートを行う.
2018年6月/九州、広島,神戸,東京、新潟,北海道で日米(太平洋)コンサート.シリーズを確認、お弟子10名が参加.

1998年/ロックフェラー基金、及び 
2009年/W&Fハウレット基金よりグラント受賞。

I

古賀将之のCD、著書など詳しくは;
jmia.org ,masayukikoga.com をご参照ください。


 2018年6月5日 火曜日
台東区立浅草公会堂 第二集会室
18時30分開場
19時 開演
 

 


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