山口芳則

青森の忍者・山口三太夫

 彼は体術に優れ、昔からトンボ返り、二階からの宙返りとびなどを得意としている。しかし、以前撮影中に宙返りに失敗、頭から地面に落ちて大怪我をした事がある。しかもそのシーンが全国にテレビ放映される始末。然り乍ら、彼はペン画の名人でもある。妖怪漫画家水木しげるの下で長くアシスタントをしていた事もあるのだ。現在は「電脳マンガ古本屋・ゆとりや」の主人でもある。


プロフィール

山口三太夫伝説
 山口三太夫、本名山口芳則。
 その昔、あの有名な集団就職で金の卵として上京した山口氏は、わずか十五才で都内下町の町工場で働き始めた。子供の頃からペン画が上手く、漫画好きだった彼は、自ら漫画を書くことは諦めたが、何とか自分の絵の才能を生かしていこうと考え、妖怪漫画家、水木しげる氏の門を叩いたのだった。当時、「ゲゲゲの鬼太郎」のヒットで売れっ子となっていた水木氏は彼の才能を見込んで採用。水木氏の漫画の緻密な背景は彼のペンによるところが大きいのである。
 このアシスタント時代、彼は多くの、後に有名になる漫画家と交遊を結ぶことになる。つげ義春、池上遼一。また、当時漫画雑誌「ガロ」で人気を博していた鈴木翁二、古川益三などである。
 折しも、当時爆発的ブームになっていたブルース・リーに傾倒していた山口氏は、コタツの足でヌンチャクなどを作って振り回していた。また、彼は当時たいへん高価だった軽自動車を持っていて、何かにつけてドライブに回っていた。私、ハリー山科がまだ松山晴介と名乗っていた頃に彼と出会った。彼はおとなしい、ごく生真面目な青年であった。何となくすぐに気があって、彼のアパートに出入りするようになった。
 その頃の私は自分の唄に自信を失っていて、もがくように生きていたように思う。そんな私の唄を山口氏はよく聞いてくれて、私としてはとても励みになった。また、私も漫画好きで、その辺の話もよくあった。何時間話していてもお互いに飽きないのだった。
 彼とドライブしていると、何か強迫観念に襲われるらしく、「後ろの車が俺達を狙っている。」などと言い出す。座席の下のコタツの足ヌンチャクはトラブルになった時の護身用らしかった。
 そうこうしているうちに時代が移り、山口氏は水木しげるのところを辞めて古本屋を始めた。その頃の彼は生き生きとしていて、自慢の車でどんな遠い所にも出かけて古本を仕入れたりしていた。古本を巡って新しい友人も増えていった。奥さんともその頃出会ったっらしい。いつの間にか結婚していた。
 しばらくすると上手く行かなくなったのか、今度は漫画家石井隆のアシスタントをやったりしていたが、青森に帰ることになった。
 彼が青森に帰っても私達はしょっちゅう電話で話していた。うちのカミさんなど、電話代がかかるからと横で鬼のような顔をしていたが、「合いに行くよりは安いだろう。」などと言って誤魔化していた。青森での彼は、やはり故郷の水があったのか忍者としての修行を開始したようで、危険な技をビデオに撮って送ってきたりしていた。
 やがて息子の小三太夫も生まれ、小さい頃から厳しい修行をさせているようだ。私もビデオムービーを作り初めてから何度か彼のところを訪れ、撮ったりしている。いずれそれらの作品も公開できると思うので、その時はよろしくお願いしマース。
 そんな三太夫氏がインターネットで再び古本屋を始めることになった。屋号も昔と同じ「ゆとりや」。けっこう安く売っているらしいので興味のある人は除いてみて欲しい。


山口三太夫先生入魂の作品。この緻密なタッチを見よ!

水木しげるのサイン本、30年前のプレイボーイがめちゃ安い

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